はじめまして。
やよいです
私には、10歳違いの娘と、
16歳の息子がいます。
息子が中学1年生の時から、
つっつんさんのサポートを
受けてきました。
今は、つっつんさんの
伴走サポートの中で、
私もママサポーターとして、
子育てに悩むお母さんたちに
関わっています。
今も、子どものことで
不安になることはあります。
ただ、以前のように
「何とかしなければ」と
追い詰められることは
少なくなりました。
最初から、そうだったわけでは
ありません。
10年待って
生まれてきた息子
上の子を出産してすぐに
2人目が欲しいと思っていましたが、
流産、切迫流産、死産を経験し、
ようやく男の子を出産しました。
息子は、かわいくて、かわいくて。
孫のような感覚で、
甘やかして育てました。
小学校に入ると、
お友だちとうまく遊べなかったり、
単純な計算の宿題を
極端に嫌がったり。
食べ物の好き嫌いや、
洋服の色や素材への
こだわりもありました。
けれど、小さい頃に
保健師さんから言われた
「この子の個性ですよ」
という言葉を、
私はずっと信じていました。
少し気になることはあっても、
「これもこの子の個性なんだ」
と思いながら、
愛情を注いで育てていました。
学校を休みたいと
言った日
息子が中学1年生になった6月、
突然こう言いました。
息子
「1回、学校を
休んでみたい」
私
「いいよ!
一緒に映画でも行こうよ」
当時の私は、
深刻には受け止めていませんでした。
でも、それが学校へ行けなくなる
始まりでした。
息子は少しずつ、
学校へ行くことを
渋るようになりました。
私は「何とか行かせなければ」と
必死になり、
毎朝、車で学校まで送りました。
ある日、学校に着いても、
息子は車から
降りられなくなりました。
夏休み前には、
完全に学校へ行けない
状態になりました。
家では部屋に閉じこもり、
昼夜逆転。
ご飯も部屋まで運ばなければ
食べなくなりました。
一日一食、食べるか
食べないかという日もあり、
私は毎晩、
食事を部屋の前まで届けました。
扉の隙間から物音を探し、
「生きているよね」と
気配を確かめるような毎日でした。
どうして?
何がいけなかったの?
私の育て方が間違っていたんだ。
近い人から
「あなたの育て方のせいで」と
言われたこともありました。
その言葉が心に刺さり、
私はますます自分を責めました。
ゲームもスマホも、
全部取り上げました
かわいかった息子が、
知らない子のような目つきで
部屋に閉じこもっている。
私は、その変化を
「ゲームのせいだ」と
思い込みました。
ゲームさえなくなれば治るはず。
私と会話するようになれば、
昔の息子に戻れるはず。
そう思い、Switchも、
スマホも、テレビも、
家からすべて取り上げました。
ところが、息子は
元気になるどころか、
一日中、布団にくるまって
部屋から出てこなくなりました。
「返せ」と暴れ、大声を出す。
お風呂にも入らず、
ご飯もほとんど食べず、
私を憎むような目で見る。
怖くて、悲しくて、
私はただ怯えていました。
そして、「間違った対応を
してしまった」と
気づきました。
でも、どうしたらいいのかは
分かりません。
自分を責め、後悔し、
過呼吸になったり、
めまいで立っていられない
日もありました。
私も、息子を苦しめたくて
そうしたわけではありません。
どうにか助けたい。
元気だった息子を取り戻したい。
その気持ちで、私も
追い詰められていました。
一番苦しかったのは、
息子だったのかもしれない
当時の私は、
ゲームやYouTubeを
「息子を悪くするもの」だと
思っていました。
でも、私がいない時には、
イラストを描いたり、
アニメを見たり、
音楽を聴いたりしていたようです。
息子の好きなアニメや
YouTubeを
一緒に見るようになると、
それが外の世界や、
友だちとのつながりでも
あったのかもしれないと
思うようになりました。
学校へ行けず、
お友だちとの関係も
保てなくなって、
一番悲しくて苦しかったのは、
息子本人だったのかも
しれません。
私が取り上げたゲームやスマホは、
息子に残っていた
大切なつながりだったのかも。
それを突然すべて失った
苦しさを、
「怒り」という形で
私に伝えていたのかも
しれません。
もちろん、その時の私は、
そんなふうには
考えられませんでした。
息子にも苦しさがあり、
私にも怖さがあり、
お互いに精いっぱいでした。
まず、私の味方に
なってもらえた
息子は病院にも
行こうとしませんでした。
一人ではもう無理だと思い、
私はSNSで情報を探しました。
そこで見つけたのが、
発達障害の当事者として
発信していた、
つっつんさんでした。
年齢が若かったので、
息子に近い感覚で、
子どもの気持ちを
教えてもらえるかもしれない。
そう思って、
すぐに相談を申し込みました。
最初の頃は、ただただ泣きながら
話していたので、
正直あまり覚えていません。
「やよいさんは
悪くないですよ」
「今は大丈夫です」
「こんなことを言ったら、
ダメな母親だと
思われるかもしれない」
そう恐る恐る話す私に、
何度もかけてもらった言葉です。
まず、私の味方に
なってもらえたこと。
私の話を否定せず、
聞いてもらえたこと。
そのうえで、まずは親子の関係を
戻すことに集中しながら、
息子への具体的な対応も
一緒に考えてもらえたこと。
それが、本当に心強かったです。
自分のために、
お芋のドリンクを
飲んでみた
私は、息子の問題を解決するために
サポートに入ったつもりでした。
考えていたのは、
息子を変えることばかりでした。
「やよいさんは、
どうなりたいんですか?」
「やよいさんは、
何が好きですか?」
何も浮かびませんでした。
私はずっと、子どものために
人生をかけて育ててきました。
子どものこと以外に、
自分が何をしたいのかなんて、
考えたこともありませんでした。
「私なんてどうでもいい。
子どもが幸せになったら、
私も幸せになるんです」
本気でそう思っていました。
自分に酸素マスクが必要なほど
苦しくなっていたのに、
そのことにも
気づいていませんでした。
「自分のためにできること」を
聞かれて、
最初にしたことのひとつが、
スタバのお芋の
期間限定ドリンクを
飲むことでした。
本当に小さなことです。
でも、「自分のために
時間を使ってもいいんだ」
と思えたことを覚えています。
いただいたワークにも
取り組みました。
「同じことで悩んでいるのが
大切なお友だちだったら、
私は何と声をかけるだろう」
そう考えると、
自分に向けていた言葉が、
どれほど厳しかったのかが
分かりました。
「私はダメな母親、ダメな娘、
ダメな妻、ダメな嫁」
それは、私自身が作り出した
思い込みだったのだと
気づきました。
少しずつ、
自分を責めることが減り、
もう一度、自分のことを
好きになれるようになりました。
自分の好きなものを楽しんだり、
自分にきつい言葉を
かけるのをやめたりする。
そんなふうに、自分の幸せを
後回しにしなくなった私が、
子育てをしている
という感じです。
私の気持ちに
少し余白ができると、
息子に何かをさせようとする
顔ではなく、
前よりやわらかい顔で
そばにいられるように
なりました。
答えを急がず、
息子のタイミングを
待てることも増えました。
息子が「眠れない」と
来た夜
ある日、部屋に閉じこもっていた
息子が、
私のところへ来ました。
「眠れない」
「一緒に寝て」
それから1か月ほど、
小さい頃のように
一緒に寝る期間がありました。
その時、私は
「これからどうしたい?」
「学校はどうする?」という話を
一切しませんでした。
寝る前に、
ただ楽しい話をしました。
息子は「もっと話して」
「ほかには?」と
言ってくれました。
私もうれしくて、
たくさん話しました。
その時間の中で、
私が本当に望んでいたことを
思い出しました。
学校へ通って、
いい大学を目指す
ことではなく、
ただ、生まれてきて
くれたこと。
息子がここにいてくれること。
私の原点は、そこでした。
その後、息子が
行きたいと思った時には、
自分から学校へ
行くこともありました。
帰ってくると、
お友だちの家へ
遊びに行く約束をしたり、
地元のお祭りへ
お友だちと
出かけたりもしました。
「もう中学校には行かない」
という言葉を聞いて、
私は「この子は
一生行かないんだ」と
思い込んでいました。
でも、あの時の言葉だけで、
その先のことまで
決めつけていたのは私でした。
息子には息子のタイミングがあり、
やりたいことも、
ちゃんと心の中に
持っていたのだと思います。
「思い出ができたね」と
泣いた日
修学旅行も、先生も私も、
息子は行かないだろうと
思っていました。
でも、一度聞いてみると、
「ディズニーランドだけ
行きたい」と
息子は言いました。
ほとんど学校へ
行っていなかったので、
グループに入ることができず、
当日は担任の先生と
一緒に回りました。
途中で「もう無理。帰る」と
連絡が来て、
予定を切り上げることに
なりました。
迎えに行くと、
息子は泣いていました。
私も一緒に、
パークの外で泣きました。
「最後までいられなかったね」
ではなく、
「行けてよかったね」
「思い出ができたね」
行かなかった後悔より、
自分で「行きたい」と思って、
実際に行ってみたことを
大切にしたい。
あの日のことは、
一生忘れないと思います。
今も、不安になる
ことがあります
息子が学校へ
行けなくなってから4年目。
今は16歳で、
高校には通っていません。
中学3年生の頃は、
「どうしたら高校へ
行かせられるのか」
「どんな声をかけたらいいのか」
と苦しくなり、
何度もつっつんさんに
話を聞いてもらいました。
でも、それは
私のタイミングでの
希望だったのだと、
今は思います。
同級生たちが
新しい場所へ進む中で、
うちだけが止まっているように
見えることもあります。
「このままだったら
どうしよう」と、
今でも不安になります。
私は、不安にならない
母親になったわけでも、
いつも穏やかで
いられるようになったわけでも
ありません。
ただ、揺れた時に
戻れる考えがあります。
この子には、この子の
タイミングがある。
本人には、本人なりに
乗り越えていく力がある。
私は、安心できる家を
作っていこう。
そして、私自身も楽しもう。
そう思い直せるように
なりました。
息子から教えてもらったことが、
本当にたくさんあったと
思っています。
正しい答えより、
まず気持ちを
受け止めたい
今、私はつっつんさんの
伴走サポートの中で、
ママサポーターとして
お母さんたちに関わっています。
私は、正しい答えを
教える人になりたい
わけではありません。
私も、子どもを
何とかしなければと
一人で頑張り、
自分のせいだと
責め続けていました。
だから、簡単に
答えを言うのではなく、
まず、そのお母さんの話を
聞きたいです。
「あなたは間違っていませんよ」
「一人で頑張らなくても
いいですよ」
抱きしめるような気持ちで、
そう伝えたいです。
私も今でも、
不安になるし、迷います。
だからこそ、答えを決めつけず、
そのお母さんの隣で
一緒に考えていきたいです。
「私も前を向いていいんだ」と
思ってもらえるように、
そばで一緒に歩いていきたいです。
やよい ママサポーター